深夜2時くらいが一番おなかすくよね
タイトル通り、今私はすごくお腹がすいている。しっかり夜ご飯も食べたというのに。チョコレートでもつまもうか、と思ったが歯を磨きなおすのが面倒だからやめようと思う。他のことをやって気を紛らわそう!とパソコンを開き、課題を一つ消化し、このブログに手を出した。お前まだ課題残ってるだろ。
そういえばバイトが決まりそうだ。結局ライターはやめた。大学の課題のためにパソコンに向かっているのも辛いのに、ライターなんて始めたら辛いことが増えるだけだと思いなおしたからだ。これからは歌うのが好きでカラオケに行くことが趣味ということもあり、丁度バイト募集のタイミングも重なったためカラオケでバイトをしようと思う。面接は来週なのだが何となく向こうの人手が足りなさそうなのでそのまま通ってしまう気がする。ただカラオケバイトは結構人気どころではあると思うから、深夜シフトにあまり入れなさそうな私は容赦なく落とされるかもしれない。その時は自宅から徒歩3分の場所にあるコンビニでバイトしようと思う。
大学に入ったら忙しいかな、と考えバイトは慣れてから探そう、と思っていたのだが予想より大学の授業が楽で、金曜日土曜日日曜日と結構暇な毎日を過ごしている。その暇な時間をバイトに使いたかった感は否めない。もちろん課題はあるのだが意外と時間がかからず。まじめに取り組んでいないというのも少なからずあるが、恐らく落単はないと思う。その代わりA評価もあまりない気がする。
先ほど古文の課題を提出してきたが、我ながらなんだろう、当たり障りのない解釈をゆるゆるとつづっているだけだなあとは思う。ただ大学一年生にとっての課題なんてそんなもんだろうという達観はある。そもそも今まで最低限の知識しか得ていないのに急に専門的な解釈を求められても、どうしてもネットから色々な人の意見や論文やらを引っ張ってくることしかできない。他の人のレポートを見たことがないが、自分なりの意見や見解を明確に論理立てながら書けている人がいたらもう本当に尊敬しかない。その人にレポート作成入門みたいな本を出してほしい。
さあここから一か月は期末テスト祭りが始まる。それなりに手を抜いて過ごしてきたこともあり、期末テストが本当に不安で仕方ない。大丈夫なのだろうか私は。まあ何とかなると信じて生きていこう。単位落としても死ぬわけじゃないし!
なんて時間に書いてんだ
いつもいつも思うが私は課題のレポートも書かずにこの時間まで起きてなにをやっているんだろう。
もう六月になってから10日以上がたった。北海道も暑くなってきた。札幌は今日30度予想だ。私の家には扇風機もエアコンもないため、家で一人ぼーっと溶けることにしようと思う。
最近すごく働きたい欲がある。ずっとだらだらとバイトを探しているのだがピンとくるものが見つからず。徒歩三分の場所にあるコンビニで働こうかなと思ったが履歴書を買いに行くのがめんどくさい。だがこんなことを考えていたら一生バイトが見つからない気がするのでとりあえずコンビニのバイト面接にでも行ってみようかなと思う。本当は家庭教師をしたかったのだが、コロナ禍の家庭教師はこちらとしても怖い。まだワクチンを打てていないのに。恐らく向こうの家庭側としても見ず知らずの大学生家庭教師バイトを家に呼び込むのは少し怖いだろう。
もうここまできたら在宅でライターでもやろうかなと思っている。どうなんだろう、ライター。最初は文字単価も低くて稼げないだろうけど慣れてきたら書くのも早くなるだろうし文字単価が高い案件も任せてくれるようになるんだろうか。
短めの文章とは
大体記事の文字数が1000文字くらいになるように調整して書いているのだが、私の感覚が大狂いしている可能性があったりしないだろうか。1000文字って普通に長めの文章じゃね、となり今前回の記事に引き続きこれを書いている。
小学生の頃に思考を戻してみよう。400字詰め原稿用紙2枚でひーひー言っていた記憶がある。400字詰め原稿用紙2枚は文字数にすると800字。今私が書いている「短めの文章」は1,000文字。いやでもこれを読んでいるのは小学生じゃないから、と思い出す。
では大学のレポート課題を考えよう。普段の課題レポートだと平均400文字、主要課題で長めのレポートで1200字。あれ、1000文字って長くね、と思ってしまう数字だ。主要課題のレポート、私は結構素早く書き終えたにも拘らず多分2時間はかかっている。友達は1日かけて作成していた。そう考えるとさっき1000文字の文章を20分で書き終えたことがすごいことに思えてくる。ここまでで410文字、いつもの課題レポートくらいを書いたことになる。所要時間は7分。
このブログには好きなことというか思ったことをそれこそ徒然なるままに書いていこうと思っているため、全く内容や文法の添削もしていないし、読んでいる人が面白いか面白くないか、読みやすいか読みやすくないかも全く考えていない。きっと文章作成の速さの違いはその点にあるだろう。あと何かを調べるか調べないか。
このままのペースで書いているとあっという間に1000字に到達してしまう気がする。そんなことが起こってしまうと、タイトル通り「短めの文章・・・とは?」と自分でツッコみたくなってしまうだろう。その前にここら辺でやめておこうと思う。皆さんも自分の考えていることを言語化して残しておくためにブログを書いてみるのはいかがだろうか。ちなみに今のところ全く他の人に読まれていないため、文字数が多くなっても困るのは後から読み直す自分だけだよ、と後から読み直すであろう自分に言っておこう。
毎日寝て過ごしてるけど大丈夫?
大学の授業が全てオンラインということもあり、ここ2週間ほど買い物以外で全く家から出ない自堕落生活を送っている。当たり前のように生活リズムも狂ってしまった。酷いときは午前6時に寝て午後3時に起きるという完全昼夜逆転生活習慣。どうすんだこれ緊急事態宣言解除されて午前中学校行かなきゃいけない時。ちなみに私は時間割を組むプロなので一限は全く入っていない。最高。
ずっと家にいる時間何をしているんだ、という疑問に答えよう。ゲームだ。読書してる時もある。いや勉強しろ。寝て起きてご飯作って食べてゲームして本読んで寝て、という最悪な大学生の生活。まあ楽しいっちゃ楽しい。私は昔から本を読んだりゲームをしたりするのが好きで、引っ越してくるときに家にある本やゲームをほとんどもってきた。そのおかげで今の私の家は最高のネカフェのようになっている。最近はswitchだけでいうと大体ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドかミートピアをプレイしている。本はハリーポッターを一から読み直している。せめて勉強に関係する本だったらよかったのになあ、と思う。私は心理学が好きなので、マイヤーズ心理学もたまに読んでいる。ただ明らかにハリーポッターを読んでいる時間の方が長い。
ただたまに、一週間に2回くらい、急に勉強のやる気がわいてくるときがある。例えばパソコンに向かって(次の課題何かな~)とぼーっと授業のページを覗きに行った時、「あ、そういえば二週間後までの課題あるじゃんどんなのだっけ」となり、Wordを開き、インターネットで調べて大枠だけ書いちゃおう!とレポートを書き始めるとなぜかこだわりが止まらなくなり。あれよあれよと二時間くらいたっていつの間にか課題が終わっていたりする。そのやる気が一週間に5回くらいくればいいんだけどな。ちなみに今日も急に英語の勉強がしたい!と思い立ち来週の課題を終わらせた。英語はたまに猛烈に勉強したくなる時あるよね。
ちなみに明後日、月曜日の二限はドイツ語の小テストがある。絶対に今日やるべきことは英語じゃなくてドイツ語だった。まあ前回98点とったし、多少成績に余裕はあるので何とかなると思う。多分・・・。新しい言語を学ぶことはすごく楽しい。ドイツ語は結構英語と似ているところがあってわかりやすい。ただ英語より冠詞が複雑で、まだ序盤なのに覚えることが多すぎる。ドイツ語をやさしく教えてくれる友達が欲しい。オンラインだと新しい友達もろくにできなくて、本当に悲しい。
海外に行きたい
小さいころから英語を学んでいた。流ちょうに話せる、というレベルまではいかないが、そこそこ伝わる文章は書けるし、相手の話していることも伝わる程度には聞くことができる。その土地の文化に直接触れることが大事だと漠然と感じており、大学に行ったら絶対に留学する、と中学時代から決めていた。なのに大学が始まるタイミングで、コロナウイルスという意味の分からないものが流行ってしまった。これでは海外に行きたいという気持ちがあっても行くことができない。普通にキレた。
大学に入ってからの英語の授業も決してレベルの高いものではなく、高校レベルの英文を読んだり聞いたりするだけ。それ以上を求めるなら自分で勉強を進めなければならない。
そこでどうすれば授業は全面オンラインで大学にも行けないこのご時世、英語圏の人とコミュニケーションがとれるだろう、と考えた時にやはり最初に思いつくのはSNSだった。Twitterのつぶやきを全部英語にしてみたり、Instagramで外人にDM凸してみたりと色々試してみたが、胡散臭いと思われたのか誰からも返事が来なかった。そりゃそうだと思う。私も急に知らない人から拙い日本語でメッセージが来たら確実にガン無視すると思う。
大学で留学生と会話する機会がある人にお勧めしたいのが、外国人の恋人を作ることだ。好かれている、という前提で話すことができるので気が楽だし、恋人としてなら連絡を取り合うのも苦ではない。まあ私にはそんな経験ないけどね。この方法の決定的な弱点は、とんでもないコミュニケーション能力と行動力がないと彼らと付き合うなんて芸当はできないということだ。まあ無理。
ただ私はそういう人間関係はコミュニケーション能力はもちろんだが、ほとんど運によるものだと思っている所もあり、出会いは必然だと考えている節もある。運命も多分あるんじゃないかなとまで思っている。運命という言葉を使うと夢想家みたいになってしまうが、今までの出会いを思い返してみると「この人に出会わなければ私の人生変わっていた」と思う人もたくさんいて、その人生で変わったことがすごく細かいことだったとしても、その出会いに運命という言葉を使わざるを得ないのではと思う。現に大学に入学して二か月、既に人生を変えてくれそうな教授に出会ってしまった。残念ながら海外に行くこととは結びつかないが。
今このコロナ禍という時代、海外に行くことは諦めるしかないが、なんとか自力で英語力は上げていきたいと思う。そして何の気兼ねもなく海外に行けるようになったら、アメリカに留学してその文化に触れながら、めいっぱい太って日本に帰って、母に「太ったねえ!楽しんだんだ!」とびっくりされたい。